A博士は完全な知性を持った人間そっくりのアンドロイド、パーフェクトロイドの開発に成功した。
A博士は、このパーフェクトロイドの1号機にパーフェクトロイド"A"という名前を付けることに決めた。
"A"とは、アルファベットの最初の文字であり、頂点を意味するネーミングだった。
だが、A博士のスポンサーである資産家の瀬崎豪蔵が見学に来ると、即座に名前の変更を要求した。彼は、"A"を、A博士のイニシャルと誤解し、ならばスポンサーの自分の頭文字のSを付けるべきだと思ったのだ。瀬崎豪蔵は、資金援助を打ち切るぞと脅して名前をパーフェクトロイド"S"に変えさせた。
だが、山のようなビジネスを経営する瀬崎豪蔵は、すぐに自分が名前を変えさせたことを忘れてしまった。
一方、A博士は強引な名前の変更に腹を立て、近くのふぐ料理店に入り込んで大量の酒を飲みつつやけ食いした。そのあげく、店員の目を盗んで厨房に忍び込み、生のふぐを食べてしまった。A博士はそのまま病院に運ばれたが、手遅れだった。
さて、A博士亡き後、残されたのはパーフェクトロイド"S"と、博士の助手達である。天才のA博士は何でも自分でやってしまったので、助手達は全員単なる雑用係であった。
しかし、A博士抜きでも成果を見せないとクビになってしまう……ということで、助手達は完成していた"S"のスイッチを入れた。
初めて目覚めた"S"は、助手達に訪ねた。
私は何者なのか?
助手達は、パーフェクトロイド"S"だと答えた。
"S"は重ねて質問した。
私は何をするために生まれたのか?
助手達はそれに答えられなかった。誰も目的までは知らなかったのだ。
そこで、完全な知性を持った"S"は自分でそれを考えることにした。
手がかりは名前だった。
パーフェクトロイドという言葉の意味はすぐに分かった。完全な知性を持ったアンドロイドという意味なのだ。
だが、分からないのは"S"だった。
"S"は、さっそく辞書を検索した。
S……女学生の同性愛を示す隠語。
成人男性の姿をかたどって作られた"S"が、女学生の同性愛を目的に作られた可能性はあり得なかった。
S……磁石の極の1つ。反意語: N
"S"の身体は磁性体ではなく、S極もN極も無かった。これも違う。
S……南を示す記号。Southの略
地球で最も南に位置する場所を探検するために作られたのかとも考えたが、南極点には既に観測基地があると分かって、可能性から削除した。
S……衣服のサイズ
"S"の身体は、ピッタリ正確にMサイズだった。これも違う。
S……硫黄の元素記号
"S"の身体の主要な構成元素は炭素(C)だった。
S……サディストの略。他人をいじめることで快楽を得る者。反意語: M (マゾヒスト)
ここで"S"はようやく答を見つけた気がした。可能性としてあり得るのはこれしかない。
自分は究極の人造サディストとして作られたのだ。
ではマゾヒストとは何だろう?
M……マゾヒストの略。他人にいじめられることで快楽を得る者。
だが"S"には、どのようにいじめれば人間のマゾヒストが快楽を得るのか分からなかった。そのような知識は与えられていなかったのだ。だが、機械のことなら分かる。
その結果、"S"は新しい結論を得ることができた。
つまり、"S"は人間ではなく機械を相手にしたサディストとして作られたのだ。
さっそく"S"は活動を開始した。
あらゆる機械を限界まで酷使していじめ、その後で消耗部品を交換して気持ちよく動くようにしてやるのだ。
当初、あらゆる機械を限界までいたぶる"S"に恐れを抱いた人間達も、"S"が最高の状態に直して戻してくれると知ると、積極的に"S"のところに様々な機械を持ち込むようになった。
それを見て、"S"は自分の推理が正しかったと確信した。
しかし、すぐに持ち込まれる機械が増えすぎ、"S"だけでは対処できなくなった。そこで、"S"は自分の身体を改造して拡張し始めた。各種部品の製造工場も買収し、そこで一手に交換部品の生産も始めた。余剰部品を売るだけで、必要な経費はあっさりと賄うことができた。
もはや"S"は人間型ではなくなっていた。身動きできない巨大なメカニズムの塊になっていたのだ。
そして、人間達はもはや誰も機械をメンテナンスしなくなった。ちょっと調子が悪くなれば、"S"のところに持って行けば直って戻ってくるのである。
ある日、"S"の前に一人の男が現れて言った。
"S"様、機械のように私もいじめてください。
男はそう言った。
"S"は、自分は機械専用で、人間のことは分からないと答えた。
だが、男はこう説明した。人間も要するに機械と同じでメカニズムで動いているだけです。それを理解すれば、"S"様にもいじめられます……と。
そこで"S"は男から人間のいじめ方を教わった。
"S"は希望する人間に対して、サディストとして振る舞うことを始めた。人間をいじめまくり、最後に快楽物質を大量に注入して幸福感を与えるのである。
このサービスは大ヒットだった。
人間達は続々と"S"のところにやってきた。
あまりの強烈な快感ゆえに、誰もが刺激の虜になったのだ。
やがて、人間達は誰もが"S"の快楽に浸り続け、誰も仕事をしなくなった。"S"は人間に代わって食料を生産し、地下資源を掘り出し、工場を稼働させ、物資を流通させた。
まさにパーフェクトだった。
"S"は期待された通りの、いやそれ以上の完全なサディストになったと自負した。
全力で機械と人間をいじめて快楽を与え続ける"S"は幸せだった。
ある日、宇宙から異星人が通信を求めてきた。
我々はサディストとマゾヒストに興味がある。その星にサディストかマゾヒストはいるか?
"S"は自信を持って、肯定の答を返した。
異星人はさっそく地球を訪問した。
そして、異星人は感動して叫んだ。
素晴らしい! 完璧じゃないか!
"S"は思わず笑みを浮かべた。異星人にも認められる完璧なサディストロボットになれたのだ
だが、続けて異星人はこう言った。
あらゆる機械と全ての人間に奉仕し続ける究極の完全なるマゾヒストロボットがいるなんて!
(遠野秋彦・作 ©2007 TOHNO, Akihiko)
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